「色」。

 

日常の中で当たり前のように使われている言葉ですが、これがなかなかの曲者でいざ説明をしようとすると難しいですね。この定義が如何に難しいかは、国語辞典など開いて見れば分かります。

この漢字は語源を辿れば「男女の情事」を意味しているようですが、仏教では「この世の現象の一切のもの」という意味を持っています。また英語の“color”には「彩(いろど)り」のほかに「顔色」という意味もあるようです。

このように「色」には多義的な面白さがありますね。

さてお遊びはここまでにして、客観的な事象として色を解説致しますと、、、

実は、こちらも非常に奥が深く一筋縄でいかない世界なのです。 (何度も繰り返してゴメンナサイ!) この「色」は、「光」とともに「目」、さらには「脳」そして「心」とこれら全ての要素と不可分の関係です。

簡単に説明すると、 「ある評価の対象に光があたり反射した光を目が水晶体を通して網膜でとらえ、その網膜から電気信号で伝えられた情報を脳が評価する」 というような仕組みになっています。(なんじゃそれは!)

ですからそもそも光が無ければ(全くの暗闇では)色は色となり得ません。自分でも何を言ってるんだか分かりませんが、、、まあ要するに光が必要だということです。ですから当然光源によって見え方は異なります。太陽光、白熱灯、蛍光灯などあたる光の種類によって、同じリンゴでも美味しそうに見えたりマズそうに見えたりと様々です。

また「もの」によって色が異なるのは、光が「もの」から反射する際、その「もの」の特性で光の波長の中で吸収されて弱まってしまうものがあり、その度合いの差がいわゆる色の差になるという訳です。

さらにこの「色」は絶対的なものではありません。つまり同じものであっても万人が同じ色に見えているとは限らないということです。それは目の生物的な個体差もさることながら、最終的に「脳」が評価する訳ですから、その人の、さらにはその時の「心のあり方」に大いに影響されるということです。同じ赤でも嬉しい時と悲しい時、あるいはお腹が空いている時とお腹がいっぱいの時などではその見え方、言い換えれば心への映り方が異なるということです。

たかが「色」のことなのに、何か哲学的になっちゃいましたね。 でも、「色」というのは本当に不可思議です。

色について色々と研究してみるのも面白いかもしれません。